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関心がないということ

 例えば、あるものに対して、怒り、憎しみ、好意、愛とかという感情があるとする。

 感情がネガティブでもポジティブでも、その根源は「そのものに対する関心」だと思う。そして感情から行動が生まれる。

 

 だから関心がないと何も起こらない。

 例えば、隣の市に住む名も知らぬ者が不幸にあっても、そのこと自体にこちらは何も感じない。

 もちろん、そこで起こった不幸を抽象化すれば自分にも共通項が見つかり、そこから学ぼうという「関心」が生まれるかもしれないが、それはそのこと自体ではない。

 

 しかし、この「関心がない状態」は、対象が自分より遠いから起こるというわけでもない。毎日顔を会わせる人間にも起こりうる。

 関心がなければ、極端な話、明日急にいなくなってもらっても全然かまわないとさえ思う。冷たく聞こえるかもしないが。

 

 とすれば、なぜ「関心がない状態」が生まれるのか。

 理由は複合的かもしれない。自分が関心を持たれないくらいつまらない存在だったり、自分が関心を持てないくらい視野の狭い人間だったり。

 

 関心をもつ、持たないということを心のままにやっていってもいいとは思うが、それでもこうしてあれこれ考えている自分がいる。きっとそれじゃだめだと思ってるんだろう。漠然とだけれど。

 

 解決策はすぐには見つからないと思う。

 とりあえず、関心が無くなったなと思ったら今日考えたことを思い出そう。

 おそらく解決策はミクロなものになるはずだから、今日考えたことが解決策を考えるうえでの土台になればいいと思う。