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お酒の席で腹を割ってなんて話しませんよ! 

 お酒の席で腹を割ってなんて話しません。

 だって酔ってるんですよ?

 余計なこと言ってしまったらどうするんですか?

 

 それに腹を割って話したいって言ってるあなたも酔ってます。

 だからこちらの言葉を普段以上にミスリードしやすいんです。

 

 また、お酒の席は話題の移り変わりが早いものです。(人数にもよりますが)

 酔っ払った各人が喋りたいことを喋るからです。

 1つのトピックについてじっくり意見を交換して、互いの考え方を知り合うには向いてません。(サシならその限りでないのかもしれませんが)

 

 また、お酒の席で言ったことは「本心」と受け取られやすいです。

 たまたま勢いで言ってしまった言葉が「本心」と受け取られては困ります。

 

 だから、お酒の席でこそ腹を割った話なんてしたくないんです。

 

 まとめ

・酔うと余計なことを言ってしまう。

・酔うと頭が働かず、誤解なく伝えるために言葉を選ぶことをしにくくなる。

・酔うと相手の言葉について考えることがしにくくなるので、誤解が生まれやすくなる。

・酒の席は話題の切り替わりが早いため、誤解を解く時間がない。

・酒の席で言ったことは「本心」と受け取られやすい。

 

熱中すること、諦めること、客観的になること

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これを読ませていただいた。

以下に感想とメモ書きを。

 

1、キモチワルさの根源

 キモチワルイとモテないらしい。

 そしてキモチワルさの根源は大きく分けて以下の2つ。

 

・臆病さ

・バカさ

 

 この2つを少し詳しく見る。

 

・臆病さの種類

 リスクについて考えすぎて行動できなくなる臆病さ

 単純に怖がりな臆病さ

 

・バカさの種類

 かんちがいしているバカ

 臆病なのを隠そうとしているバカ

 

 これがキモチワルさを構成しているらしい。

 ちなみに、自分は「リスクについて考えすぎて行動できなくなる臆病さ」と「臆病なのを隠そうとしているバカ」ということが当てはまっていると思った。

 だからだいぶキモチワルイ人間ということになる。

 

 なので、モテたければリスクについてある程度の部分までで考えるのをやめて、その分で自分がやっていることがどうバカなのかをよく考える、という方向で頭を使った方がいいと思った。まぁ難しいんだけど。

 

2、熱中すること

 臆病さを払拭するためには、「心のふさと」を持つことが効果的らしい。

 「心のふるさと」とは、「外で何があっても、自分にはこれがあるから大丈夫」と心の拠り所となるもの。

 これを持つと安心感を得ることができる。だから行動にも自信が持てるようになるんだと思う。「ミスしても大丈夫!」ってな感じで。

 「心のふさと」となるものは熱中しているものらしい。私の場合、直近だと交際相手だった。最近まで「心のふさと」を持っていたので、この熱中することの効用についてはよくわかる。

 ただし、熱中と逃避は違うことに注意が必要。それが「心のふさと」になり得なければ、それに熱中していることにはならず、ただの暇つぶしをしているにすぎない。

 

3、諦めること

 自分が相手にどう見られているか、どういう印象を与えるかということを全て自分でコントロールするということを諦めることが必要らしい。

 「こういうこと言ったら好かれるだろう」とか、「こういうことやったらこういう気持ちになるだろう」とか、相手にウケることばかり考えて動かない。「自分を出して解釈は相手に任せる」というスタンスの方が、妙なギラギラ感が出なくてキモチワルくならないらしい。

 

4、客観的になること

 とはいえ、何でもかんでも「自分を出して解釈は相手に任せる」ではまずい。下品で失礼な「自分」なんて誰も見たくないからだ。

 だからここで必要なのは、客観的になること。

 「自分が相手にどう見られてるか」を「下品で失礼でないか?」という基準だけで考えてみることが必要。

 

5、終わりに

 このほかにもこの本では、まだまだ面白い要素について書かれている。

 以下にメモを書く。

 

・相手と同じ土俵に立つこと

・臆病な考えは堂々巡りの思考から生まれる

・自分を説明することはできるか?

・相手と対話すること

・自分の中にある「女性」を司令塔にする

 

 面白い本でした。まだまだ考えるネタはつきません。

気持ちがふっ切れたと思ったのは、ただ会わなかった日が続いただけ

 気持ちがふっ切れたと思ったのは、ただ会わなかった日が続いただけ。

 自分の中で別れに納得できてたわけではなかった。

 関係を諦めたてたわけでもなかった。

 

 一目会ったらすぐに元に戻った。

 ドキドキしてしょうがなかった。

 そして、悲しくてしょうがなかった。

 

 たぶん今後もこういうことの繰り返しなんだと思う。

 

 とはいえ、悲しくなったけど、熱かったあの気持ちを思い出すことができた。

 ちょっとうれしかった。

 

そんな私は自己完結型人間 その2

続き。

前回。

hachijoukozima.hatenablog.com

 

 

参考記事

blair.jp

 

 この記事では主に自己完結型のデメリットをあげている。これについて自分に当てはまっているか考えたい。

 

・被害妄想が強い

 被害妄想が強いのは当てはまる。しかしこれは自己完結というよりも、自分が「悪」に対してどれほど具体的に想像できるか、によると思う。

 例えば、「包丁を鞄に入れている大男」がいたとする。これに対して「悪」をそれほど具体的に想像できない人は、「さっき研いでもらってきたのかな」程度の印象で済む。

 しかし、もっと「悪」を具体的に想像できる人だと、「何かがあれば包丁で襲ってくるかもしれない」、「ただのきりつけだけでなく、投げられたら無傷では逃げられないかも」、「大男だから、そもそも戦闘能力が高いから、武器までもったら手が付けられない」などというところまで想像できる。

 これは日々の生活において、あちこちに出てくる。

 これについては、「想像を想像」と割り切ることが大事だろう。自分の考えは、あくまで無数にある可能性のうちのいくつかに過ぎないと考えることが大事だと思う。

 

・相手に自分の考えを押し付けてしまう

 これはここ最近無くなってきたが、時折やってしまう。

 これも状況によるが、以前のように「聞かれてもいないのに自分の考えを発し、それを押し付ける」ということはしなくなった。それが醜いことだと分かったからだ。

 

・友達が少ない

 「他人に興味を持とうとしないし、わかり合おうともしない。」

 これが原因とされているが、これも時と場合による。(まぁ人がかかわる以上、ほぼすべてに言えることだけど)

 例えば、学校や職場など、それぞれがばらばらの動きをする場においては、構成員に広く興味を持つことはしない。構成員のなかで同じような興味関心を持っていたり、動きが似ている者には興味を持ってきた。

 だから、今は「自分と友達になれそうな人が集まっている場所」を調べて足を運ぶことにしている。それで「友達が増えた」かはわからないが、今までより多くの人と話ができるようにはなった。

 

・会話が一方的

 「自己完結型人間は、基本的に人のことに興味がありません。相手の気持ちも思いやらず、話したいことを話したい時に話す、自由すぎるところがあります。その結果、会話が一方的で言葉のキャッチボールが成り立たないことも多いです。」

 人に興味がないから会話のキャッチボールができないというわけではないと思う。おそらく会話のキャッチボールができない人は、相手に興味があろうがなかろうができないのではないだろうか。

 それよりも、相手に興味がなくて会話が成り立たないのは、「しゃべるべき内容が出てこないこと」が原因だと思う。相手に興味がないと、相手から情報を得ようとしなくなるから、おのずとしゃべる量は減る。

 

・人のアドバイスを素直に聞けない

 これは前回取り上げた。アドバイスを聞くかどうかはそれをくれる人による。

 

・勘違い・早とちりが多い

 これも被害妄想の項目と似ているかも。

 さらに加えるなら、自分の想像が事実と合っているかどうかを確かめられる機会があるのなら、積極的にそれを利用してこれを防ぐべし。

 

・チームで協力するのが苦手

 これは意思決定の方法によると思う。

 自分の考えに自信を持っているので、それをメンバーに伝えることはできる。チームから得られたフィードバックを「正論は正論」と素直に受け入れられればチームワークも問題はなくなる。

 ただし、経験から「その意見なんとなく気に入らない」、「うまく言えないけど、違うと思う」と意見がはねられたことがあり、こういう「意見」が意思決定の参考になってしまうチームではやる気をなくすだろう。とはいえ、それは当然か。

 

・独身で一生を終える可能性あり

 上記のすべての項目すべてを完全に発揮してしまっているならばそうだと思う。

そんな私は自己完結型人間 その1

 これまで書いた駄文を見直してみると、つくづく自己完結型人間だなと思う。

 以下ではこの性格とどう向き合っていくかを考えてみたい。

 読み直しやすいように、記事を分けて書いておく。

 

参考記事

mayonez.jp

 

 自己完結型人間は一見損な性格だが、これで得をすることもあった。

 上の記事にある、

 

・自分に自信を持ち,価値観にもとづいて行動できる

・自分の意見に対する熱意が強い

・自分の習慣を頑なに守る

 

 という特性ではまさに得をしている。

 

 自分が考えたことには自信を持っているので、考えに基づく行動を起こすのは早いし、手数も多い。

 また、自分の習慣は基本的に崩さないので、周りがどうだろうが「早寝早起き」、「3食ばっちり食べる」、「週に最低1度は運動する」等のいい習慣を今も続けていられる。

 

 一方損をしている部分はどこだろうか。記事にはこの性格にはこういうデメリットがあるようだ。

 

・協調性がない

・他人の意見に対して耳を傾けることが苦手

 

 協調性があるかどうかは場合による。協調することが目的のために必要ならそうする。また、協調しないことが面倒臭いことになる場合も、やはり協調する。

 とはいえ、はっきりしているのは無意味な協調はしないということだ。

 

 他人の意見に対して耳を傾けることについては、意見を言う他人の質による。

 誰の意見も聞かないわけではない。むしろその分野において、自分より優れている人の話であれば金を払っても聞く。一方で、まったくの門外漢だったり、素人だったり、こちらの状況を理解していない人の意見は聞かない。

 

他所は他所

ta-nishi.hatenablog.com

 以下、この記事を読ませていただいて考えたこと。

 

 ある問題に対して、自分の中で最善策を考え、実行し、自分が思う最高の結果を手に入れたとする。

 でも、それは自分にとっての最高の結果であることを忘れてはいけない。

 

 求めている結果が違う相手に、自分の考えた策を押し付けるのはよくない。的外れだから。

 「こういう結果を求めるなら~」と前置きをすると多少はマシになるかもしれないが、そもそも人のアドバイスをしっかり聞ける人間はもっと積極的に話を聞いてくるので、聞かれたことに答えてればよくなる。だから、結局これもいらないかもしれない。

 

 結論としては、「他所は他所」ということだろう。

 他所の行いが自分に悪影響を及ぼさない限りある程度放っておく。そして、アドバイスを求められたら、「前置き」を入れて話をする。これでいいと思う。

 

 ある程度放っておく、としたのは、アドバイスを求めるということはできていないが、明らかにこちらが解決できそうな困難があった場合は、介入してもいいと考えているからだ。

 その際は、「なにか困ったことある?」や「○○で困ってるでしょ?」と声をかけるのがいいだろう。一方的にしゃべってしまうと、相手は心を閉ざしてしまうからだ。

 心を閉ざされてしまうと後の交流がやりにくくなるばかりか、怒りの矛先がこちらに向く可能性も考えられる。まさに骨折り損のくたびれ儲けである。

 

 「他所は他所」。でも助けられるときはルールを守って助ける。

 忘れがちだけど、大事なことだ。

関心がないということ

 例えば、あるものに対して、怒り、憎しみ、好意、愛とかという感情があるとする。

 感情がネガティブでもポジティブでも、その根源は「そのものに対する関心」だと思う。そして感情から行動が生まれる。

 

 だから関心がないと何も起こらない。

 例えば、隣の市に住む名も知らぬ者が不幸にあっても、そのこと自体にこちらは何も感じない。

 もちろん、そこで起こった不幸を抽象化すれば自分にも共通項が見つかり、そこから学ぼうという「関心」が生まれるかもしれないが、それはそのこと自体ではない。

 

 しかし、この「関心がない状態」は、対象が自分より遠いから起こるというわけでもない。毎日顔を会わせる人間にも起こりうる。

 関心がなければ、極端な話、明日急にいなくなってもらっても全然かまわないとさえ思う。冷たく聞こえるかもしないが。

 

 とすれば、なぜ「関心がない状態」が生まれるのか。

 理由は複合的かもしれない。自分が関心を持たれないくらいつまらない存在だったり、自分が関心を持てないくらい視野の狭い人間だったり。

 

 関心をもつ、持たないということを心のままにやっていってもいいとは思うが、それでもこうしてあれこれ考えている自分がいる。きっとそれじゃだめだと思ってるんだろう。漠然とだけれど。

 

 解決策はすぐには見つからないと思う。

 とりあえず、関心が無くなったなと思ったら今日考えたことを思い出そう。

 おそらく解決策はミクロなものになるはずだから、今日考えたことが解決策を考えるうえでの土台になればいいと思う。